数式の文法について(+と−)
小学校の算数から中学校の数学へ移行するにあたって、生徒は深く強化された、数式解釈の習慣を組み替える必要に迫られる。 算数では+や−は、2つの数の和や差を表すため、文法的には □+△、□−△ のように使われた。 ここで、+や−は両側に別の部分式(単に数のこともある)を持つ二項演算子だ。
一方、中学では負の数が導入されて、−1、−2、−3…のように数字の前に付けて負数を表すのに使われると共に、 より一般に、−a のように符号を変える操作を表す一項演算子としても使われるようになる。
それだけではなく「項の連続は和である」という規則組み合わせることで、二項演算の文法は派生規則に格下げされている。 a + b + c は 「[aとbの和]とcの和」 であったのが、「[a]と[+b]と[+c]の和」として再解釈されるのだ。
A:
+
/ \
+ c
/ \
a b
B:
Σ
/|\
/ | \
a + +
| |
b c
この文法的区別は、数学教育の用語では算術和と代数和と言うらしい。前者では+が和の概念を表している。 後者では和を表す記号は無いが、項の配列そのものが和を表していて、前置記号の+は積との曖昧性を無くす為に、無意味に挿入されている。 (決定詞が重複したとき、many of the people などの句で挿入される of のようなものだろうか……。) つまり、+や―という記号は数学では、常に一項演算子なのだと言える。
このような解釈は、代数計算において必要不可欠である。算術和的解釈では、(x - y)^2 から文法的に構成素を成さない -y を取り出して公式 (a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2 の b に代入することはできない。 この算数と数学での式の性質の違いは、日本では「タス・ヒク・ワ」を「プラス・マイナス・イコール」と英単語で言い換えることで、儀式的に表現される。
一方、米国の数学教育では、一項演算子としての−は negative と読み、二項演算子としての−は minus と読むべきであるとされているらしい。 (+の場合は、同様に positive/plus と言い分ける。) これは、等式を文と見て(つまり=は繋辞であって)minus は前置詞だから、minus A が「主語」や「述語」になっているのは良くないという国文法的な判断だろうか? (別に常に主語が名詞句でなければならないという理屈はないので、本当ならおかしな話だ。)
一般に、X国の人が「正しくはAではなくBと言うべきだ」などと言う時は、広く「A」と言われている良い指標でもある。 実際に、例えばカーン・アカデミーの CEO カーン氏の初期のビデオでは、一律に minus と言っているが、現在は negative/minus の言い分けを行っている。 単なる数学を教えてくれる年上のイトコから、アカデミーを通して全米の(ひいては全世界の)教育を担う人物へと変貌を遂げた 後では、既存の教育を180度旋回する事を標榜した彼と言えども、その教会の儀式的事項から自由では居られないのだろう。